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札幌地方裁判所 昭和53年(ワ)1344号 判決

原告 医療法人社団慈藻会

右代表者理事 平松勤

原告 平松勤

右原告ら訴訟代理人弁護士 横幕正次郎

被告 株式会社マスコミ出版社

右代表者代表取締役 高橋健司

被告 高橋健司

右被告両名訴訟代理人弁護士 宮越壽宏

右訴訟復代理人弁護士 坂原正治

被告 株式会社月刊政界

右代表者代表取締役 近藤昌展

被告 近藤昌展

右被告両名訴訟代理人弁護士 牧雅俊

主文

一  被告株式会社マスコミ出版社は原告らに対し、別紙二の謝罪広告を北海道内で発行する北海道新聞朝刊には二段抜きで「謝罪広告」とある部分を一・五倍ゴシック体活字、その余の部分を一倍明朝体活字で一回、月刊雑誌「マスコミ北海道」には二段抜きで「謝罪広告」とある部分を二倍ゴシック体活字、その余の部分を一倍明朝体活字で一回各掲載せよ。

二  被告株式会社月刊政界は原告らに対し、別紙三の謝罪広告を北海道内で発行する北海道新聞朝刊には二段抜きで「謝罪広告」とある部分を一・五倍ゴシック体活字、その余の部分を一倍明朝体活字で一回、月刊雑誌「政界」には二段抜きで「謝罪広告」とある部分を一・五倍ゴシック体活字、その余の部分を一倍明朝体活字で一回各掲載せよ。

三  被告株式会社マスコミ出版社及び同高橋健司は各自原告平松勤に対し金一〇〇万円及び右金員に対する昭和五三年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告株式会社月刊政界及び同近藤昌展は各自原告平松勤に対し金一〇〇万円及び右金員に対する昭和五三年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの、その一を原告らの各負担とする。

七  この判決は主文第三、第四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社マスコミ出版社及び同株式会社月刊政界は原告らに対し北海道内で発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、北海道新聞の各全道版朝刊社会面広告欄に別紙一記載の謝罪広告を二段抜きで表題を一・五倍ゴシック体活字、その他の部分は一倍明朝体活字をもって一回掲載せよ。

2  被告株式会社マスコミ出版社及び同株式会社月刊政界は原告らに対し月刊雑誌「マスコミ北海道」及び「政界」の各誌上に別紙一記載の謝罪広告を三段抜きで表題を三倍ゴシック体活字、その他の部分は一・五倍明朝体活字をもって二回掲載せよ。

3  被告らは各自、原告社団慈藻会に対し金一〇〇万円、原告平松勤に対し金九〇〇万円及び右各金員に対する昭和五三年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告社団慈藻会(以下「原告社団」という。)は精神々経科、内科患者の適正な治療を目的として昭和四八年一一月二〇日設立された医療法人である。

原告平松勤(以下「原告平松」という。)は同二五年以降右法人が設立されるまでの間、同所で同様の治療を目的として個人病院を開業していたものであり、右法人の設立と同時にその代表理事となっているものであるが、その間札幌市医師会副会長、同理事などの役職を経て現在は北海道精神病院協会々長、北海道地方医療機関整備審議会委員、北海道医療機関運営審議会委員、北海道麻薬中毒審査会委員、北海道公安委員会及び方面公安委員指定医、北海道医師会診療報酬審査委員会委員、社会保険診療報酬請求書審査委員会委員、生活保護法による北海道医療扶助判定会議委員、北海道医師会裁定委員などの役職にある。

2(一)  被告株式会社マスコミ出版社(以下「被告マスコミ」という。)は月刊雑誌「マスコミ北海道」を発行する会社で、被告高橋健司(以下「被告高橋」という。)はその編集発行人である。

(二) 被告株式会社月刊政界(以下「被告政界」という。)は月刊雑誌「政界」を発行する会社で、被告近藤昌展(以下「被告近藤」という。)はその編集発行人である。

3  「マスコミ北海道」昭和五三年八月号(同月一日発行)及び「政界」緊急特別号八刊七号(昭和五三年七月一日発行)には次のような要旨の記事(以下両者を「本件各記事」、そのうち前者を「本件第一記事」、後者を「本件第二記事」という。)及び原告平松宅及び同病院の写真が掲載され、右雑誌は主として道内一円に頒布された。

(一)(1) すなわち、まず「マスコミ北海道」昭和五三年八月号は表紙の最初の行に目立ち易い大きな字で「五十二年度だけで二千数百万円、東京に架空名義で預金!?平松病院に脱税の疑い」としたうえ本文四頁冒頭には更に右同旨の見出しで表現し、本文の記事冒頭には「脱税もやっていれば新規開業希望の医師にプレッシャーをかけたりする悪徳院長と名ざされたのは札幌市中央区南二二条西一四の医療法人「慈藻会」平松病院の理事長・平松勤院長だ」同五頁二段目の「本誌 私のところで聞いた話では……架空出張させて浮いた金を院長個人がポケットしており……東京の金融機関に架空名義で預貯金しているという」同七頁二段目の「薬価差額でボロ儲けし、相手が精神衛生に失陥のある患者が三百人もいるとすれば、一体病院内でどんなことをやっていることやら……と世間に疑惑視されることも十分ありうるわけだ。」などと書かれている。

(2) 右記事は被告高橋が取材して同誌に掲載したものであるが、取材の際、原告平松は同被告に対しいずれも全く事実無根であり疑われる何ものもないのでよく調べるよう強く要請したのにこれを無視して何らの根拠もないのにあえて興味本位に表現し故意に虚偽の事実を掲載したものであって、これらの記事は読む者をして原告ら(印象的には原告平松)が多くの精神病患者に対しでたらめの治療を施し不正な利益をあげ五二年度だけでも二千数百万円の脱税をしているかの如き印象を抱かせることになり、原告らの人格面についての社会的評価を著しく低下させ、その名誉を侵害したものである。

(二)(1) 次に、「政界」八刊七号は発売前の昭和五三年七月一九日付及び同月二五日付日刊紙北海タイムス朝刊の広告欄に「徹底追求 緊急別冊 伏魔殿と呼ばれる平松病院の権威失墜と道・国税当局の迷える立場?」と宣伝広告したうえ、次の記事を掲載した。同誌は表紙に「告発レポート 本道精神医学界をダメにした平松勤(道精神病院協会々長)の所業を斬る!! “仁術”の美名にかくれ“堂々たる不正”?に精をだす「算術医」の正体……」と原告平松の顔写真入りで大きく見出しをつけて掲載し、三頁の目次にも右同旨の見出しで表現し、更に一四頁には「伏魔殿?平松病院“奥の院”閉鎖社会に君臨する二重人格者」などと大見出しで顔写真と共に掲載し、更に「……背任横領の罪に問われる健保診療報酬のデタラメ請求が発覚したり、そうした不正のモミ消し工作に政・官界など権力機関が動いた疑いが濃厚で当局が強制捜査に踏み切る日もそう遠くはない。……」、一五頁には原告社団慈藻会の写真入りでその説明に「内部告発で不正発覚……ゆれる平松病院」、一六頁には「乱診・乱薬の各医の荒稼ぎ」と見出しをつけ、本文ではこれを詳細に記載している。

(2) 右記事は被告近藤が虚偽架空の事実であることを知悉しながらこれを編集して同誌に掲載したものである。

これらの記事は多くの掲載写真と相俟って読む者をして原告ら(印象的には原告平松)がでたらめの治療をして多額の不正な利益をあげたり、脱税や健保診療報酬の不正請求などをして強制捜査をうけるのも近いとの印象をもたしめることは明らかであり、原告らの人格面についての社会的評価を著しく低下させ、その名誉を侵害したものである。

4  被告マスコミ、同政界はその被用者である被告高橋、同近藤がその事業の執行につき右の如く事実無根の本件各記事を掲載して原告らに与えた損害の賠償として、原告らの名誉を回復するために請求の趣旨第一、二項記載のとおりの謝罪広告を掲載すること並びに被告マスコミ、同政界、同高橋、同近藤は各自慰藉料として原告社団に対し金一〇〇万円、同平松に対し金九〇〇万円及び右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和五三年九月三日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告マスコミ、同高橋)

1  請求原因1は不知。

2  同2のうち(一)は認めるが、(二)は不知。

3  同3のうち、冒頭部分、(一)(1)は認め、(一)(2)は否認し、(二)は不知。

本件第一記事は次の理由により原告らの名誉を毀損したことにならない。

(一) 被告高橋は、本件第一記事を掲載するにあたり、各方面での調査を経たほか、直接、原告病院の事務長及び原告平松勤と面接取材したうえで、その記述方法も相当部分にわたって問答式を採用し、原告らの説明、弁解、反論、主張等を正確、公平に掲載しているものであり、更に、脱税等の事実の存否についての結論は、目次等も「疑い」とし、本文においても読者の判断に委ねるような趣旨、体裁をとっているものである。

(二) したがって、原告らは、本件に関して、充分に説明、弁解、反論、主張をなし得た訳であり、読者に対し、名誉を維持できたと考えうる。

4  同4は争う。

(被告政界、同近藤)

1  請求原因1は不知

2  同2は認める。

3  同3は(二)のうち(1)は認めるが、その余は否認する。

三  抗弁

(被告マスコミ、同高橋)

1  右被告ら両名の行為は、次の事由により、違法性が阻却される。

(一) 「マスコミ北海道」に掲載の本件第一記事は、原告病院の脱税に関する記事であり、脱税の事実は、犯罪行為という公共の利害に関する事実である。しかも、右雑誌に掲載された件に関しては、未だ公訴の提起がなされていない。

(二) 本件第一記事は、被告高橋が、昭和五三年六月ころ、原告病院の内部に精通する筋から内部告発のようなかたちで情報を入手し、医療関係者、北海道衛生部等での調査を経て、直接原告病院の事務長及び原告平松勤と面接取材したうえで事実の証明ができるとの確信をもって書いたものである。

2  被告マスコミ、同高橋は「マスコミ北海道」に掲載した「脱税の疑い」「架空名義預貯金の疑い」及び「新規開業希望医師にプレッシャーをかけるとの噂」の各事実については、以下にみる理由により事実の証明ができるとの相当の確信を有していた。

(一) 被告高橋は、昭和五三年六月ころ、原告病院の現職事務長から得た原告病院の内部情報を某氏(特に氏名を秘す)から入手した。この情報には、標記各事実のほか内部に精通した者でなければ判らないような事実も含まれており、被告高橋は、信用性のおけるものであると判断した。

(二) そこで、被告高橋は、それらの証拠を固めるため原告らと同業の精神科医数名に標記各事実に関し取材したところ、標記各事実を否定する医師もいたが、絶対に氏名を公表しないことを条件に標記のような各事実を聞いたことがあるとの証言をした医師もいた。

(三) 更に、被告高橋は、北海道衛生部の職員にも取材したところ、標記のような各事実を聞いたことがあるとの証言を得た。

(四) 右のとおり、被告らは、少なくとも標記のような各「疑い」「噂」が存在しているとの事実を立証することができるとの確信を得たのであるが、仮にそれが立証できたとしても、一方的に掲載すれば、原告らに「疑い」や「噂」に対する説明、弁解、反論、主張等の機会を与えないこととなり、不公平な結果となるとの配慮から、直接原告病院からも取材し、原告らの説明、弁解、反論、主張等も判るように記述方法も問答式を採用し、その真否についての判断を読者に委ねたのである。

(五) なお、標記のように「疑い」あるいは「噂」として掲載した場合に、真実の証明をすべき事実は、「疑い」あるいは「噂」の存在であると解するのが相当である。

3  原告らが虚偽の事実であると主張する「薬価差額でボロ儲けし……世間に疑惑視されることも十分ありうるわけだ」との部分は、いわゆる論評であり事実の摘示ではないうえ、右論評において、前提をなしている医師が薬価差額で儲けていること、精神衛生に欠陥あること及び原告病院の患者数が三百人位であることの各事実は、社会的に一般に認められている事実であり、それに基づく推論が原告らの評価を低下させたとしても、被告らは、名誉毀損の責任を問われないものである。

(被告政界、同近藤)

本件第二記事が原告らの社会的評価を低下させ、名誉を侵害するものであるとしても、被告らの行為は次の理由により違法性がない。

すなわち、本件第二記事は原告らが保険制度の趣旨に反した過剰診療を行ない、不正に保険診療報酬を請求したという公共の利害に関することであり、かつ、被告らはこの事実の公表により原告らの姿勢を正し、不正な行為をやめさせ、保険制度の適切な運用を計らせようという公益を図る目的からなしたものであるから、被告らにおいて、本件第二記事の真実であることを証明することにより、名誉の毀損の責任を負う必要がなくなる。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  被告らの抗弁はいずれも否認する。

2  被告マスコミは「マスコミ北海道」昭和五三年一〇月号及び一一月号(いずれも同月一日発行)に本件第一記事に関連して次のような要旨の記事を掲載しており、右記事はいずれも全く虚偽であることからも本件第一記事は原告らの名誉を毀損することは明らかである。

(一) 同誌一〇月号には、その表紙に“休戦を仕組んで突如告訴の挙に……陰謀をめぐらす平松病院”との見出しのもとに、八頁には右同旨の見出しに加えて“本道精神医界に君臨する平松勤院長は数々の“黒い疑惑”を釈明もせず……”と掲載、九頁から一〇頁にわたり“谷口憲郎氏は平松院長の使者としてマスコミを告訴せぬよう被告高橋に約束しながら仮処分を申請したり謝罪広告掲載や損害賠償請求訴訟を提起した”とか、一〇頁から一四頁にわたり“平松病院の退職金が少なく不労所得をしているらしい”、元事務職員のA子の告白だとして「政界」の記事を引用してあたかも診療報酬の不正請求をした如く更には“不正の限りをやらかしていると悪評さくさくの平松院長が”などと掲載した。

(二) 同誌一一月号には、表紙に“黒い平松病院”告発第三弾!!平松―谷口―高田悪徳トリオの策謀による雨竜病院乗っとり失敗の一部始終”との見出しのもとに、三頁から八頁にわたり要旨“雨竜病院長追放に関し田中町長や猪股が谷口氏に相談したら谷口氏は裁判にかけてでも追い出せ、あとの病院経営などは全面的に協力すると言ってたのに、あとになってこれを実行せず同病院の乗っとりを図った、そういうことをさせたのは平松勤だ”などと掲載した。

3  雑誌編集者は報道が人の名誉に関するものであるから、書くべき記事の内容につき真実であることの調査証明が要求され、表現上も人の名誉を傷つけないよう充分の配慮する義務があるところ、本件各記事は公共の利益や真実の報道の使命とはかけ離れた被告ら特定の者の利益のために掲載されたものであり、右記事が原告らの名誉を毀損するのは明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  被告マスコミ及び同高橋に対する請求について

一 請求原因2(一)、同3のうち冒頭部分、(一)(1)については原告らと右被告両名との間において争いがなく、請求原因1については《証拠省略》によってこれを認めることができる。

二1  ところで、およそ雑誌の掲載記事が名誉を毀損するか否かを判断するには右記事の記述内容とともに右記事が読者に与える印象も考慮すべきであり、後者の判断に際しては一般読者の普通の注意と読み方を基準に右記事の本文の内容、見出し、前文の内容、配置、活字の大きさ、添付写真の有無、内容、記事の長さ、掲載位置、同種ないし関連記事との相関性等諸般の事情を勘案すべきものであるから、右見地により本件第一記事を検討する。

2  「マスコミ北海道」昭和五三年八月号(《証拠省略》によれば、右雑誌の発売日は同年七月五日、発行部数は約八千部、発行地域は主として北海道内と認められる。)の掲載記事(本件第一記事)は《証拠省略》にみるように右月刊雑誌のトップ記事として表紙の主要記事目次の冒頭に「五十二年度だけで二千数百万円、東京に架空名儀で預金!?」(活字は二倍明朝体)「平松病院に脱税の疑い」(活字は四倍ゴシック体)と右順序で二行にわたる見出しが掲げられ、後者の活字は右目次中最大の活字が使用され、四頁冒頭には右見出しと同旨の見出し(活字は六倍半明朝体、三倍ゴシック体)がその行順を逆にして掲載され、「社会保険診療収入については七二%の必要経費が認められる税制上の優遇を受けながら、五十一年申告所得について脱税のトップは医者であると、国税庁が発表したのは今年四月二十一日だった。ところが本誌にも五十二年申告所得で二千数百万円の脱税をやっている精神病院があるとの情報が入った。そこで事実か否かの実態調査に踏み切り、そこでつかみ得たすべてをここにリポートする」との前文(活字は二倍ゴシック体)が付せられたうえ、同七頁までの四頁にわたり四段抜きの本文(活字は一倍半明朝体)が、「薬代支払い、一部を院長宅で」、「自分の意に添わぬ者の開業を阻害?」「平松サンのご気嫌を損じたら大変」との小見出(活字は三倍明朝体)及び関連写真三枚をそう入したうえで掲載されていること、写真説明には「黒い噂につつまれる平松病院」「病院の向かい側にある平松病院長宅」「北海道医師会のある北海道医師会館ビル(札幌市大通西6)」と各付記(活字は一倍ゴシック体)されていること、本文の内容は、原告社団代表者原告平松が昭和五二年分所得について二千数百万円の脱税をしており、国税局、道衛生部・民生部に議員工作している、原告平松が自己の意に添わない医師の新規開業に圧力をかけた、原告社団では職員の架空出張による旅費捻出を行なっている、診療報酬を不正に請求しているとの各噂の真偽について原告平松に確認する問答形式が採られ、原告平松はいずれの事実も否定していること、本文を含めて多くの部分で風評・噂等の伝聞表現が採用されていることが認められる。

被告マスコミ、同高橋らは右表現方法からみても本件「マスコミ北海道」の掲載記事が原告らの名誉を毀損することはない旨主張するが、特に見出しの「脱税」「架空名儀」、本文の「悪徳院長」、写真説明の「黒い噂につつまれる……」の各表現は読者の注意と興味をひき、昭和五一年分申告所得についての脱税のトップが医者であったとの前文における客観的事実と相まって原告平松及びその経営にかかる原告社団が診療報酬を不正に請求したり、昭和五二年分申告所得において多額の脱税を行なっている蓋然性が極めて高いとの印象を読者に与えたものと認められ、また、《証拠省略》によれば、原告と同じ札幌市在住の精神科医である訴外比田勝孝昭が院長である北全病院において外泊患者の診療費の不正請求がなされている疑いがあるとして昭和五二年一一月二四日に札幌市厚生局の立入検査がなされ、右院長が昭和四九年から同五一年までの三年間に一億一千万円余りの所得税を脱税していた容疑で昭和五三年二月二二日札幌国税局から札幌地方検察庁に告発されたうえ、右告発時には前記病院において精神病質でない患者にロボトミー手術をしたとして前記比田勝院長に対する損害賠償請求訴訟が当裁判所に係属中であったことが認められ、右認定事実によれば道内の医師、特に精神科医に対する一般の関心が強まっていたものと推認することができ、読者が、本件の「マスコミ北海道」の掲載記事(本件第一記事)を右比田勝医師の不祥事に連続するものとして原告らの前記不正行為が存在するとの蓋然性が一層強いものとして受けとったと推認しうるうえ、《証拠省略》を綜合すれば、本件第一記事に関連して「マスコミ北海道の一〇月号(昭和五三年一〇月一日発行)において「陰謀をめぐらす平松病院」の見出しで八頁の、同一一月号(同年一一月一日発行)においては「雨竜病院乗っとり失敗の一部始終」の見出しで六頁の原告らの告発レポートの続報が掲載されていること、さらに雑誌「政界」八刊七号緊急特別号(昭和五三年七月一日発行)においても「本道精神医学界をダメにした平松勤の所業を斬る!!」との見出しの下に告発レポート(本件第二記事)が七頁にわたって掲載され、右掲載記事についての広告が北海タイムス同年七月一九日、同月二五日の各朝刊に掲載されていることが認められ右各記事の存在が本件第一記事の内容を一層正確なものとして印象づけたことなどに鑑みれば、本件第一記事が原告らの名誉ないし信用を著しく毀損したことは明らかである。

3  また、《証拠省略》を綜合すれば、本件第一記事は被告マスコミ代表者兼編集発行人である被告高橋がその社員とともに執筆・編集に関与したものと認められ、右高橋らの行為は被告マスコミの業務執行行為であるから、被告高橋が原告らに対して不法行為責任を負う場合には、被告マスコミも前記執筆・編集担当者の使用者としての責任を負うというべきところ、前掲各証拠によれば、被告高橋及び右執筆・編集担当者が本件第一記事により原告らの名誉ないし信用が毀損されるべきことを充分認識していたものと認められる。

三  次に抗弁について判断する。

ところで雑誌の掲載記事が他人の名誉を毀損する場合でも、右記事が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たときは、摘示事実が真実であることが証明されたときは、右掲載行為には違法性がなく不法行為が成立せず、仮に、右事実が真実であることが証明されなくても右行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、前記掲載行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり(最判昭四一年六月二三日民集二〇巻一一一八頁参照)、右場合に真実性の証明の対象となるのは、掲載記事が「疑い」「噂」等の伝聞形式で記載されている場合であっても右伝聞の内容である事実自体の真否であるというべきである(最判昭三九年一月二八日民集一八巻一三六頁参照)。

そうすると、本件第一記事における真実性の証明の対象が「疑い」「噂」の存在であると主張する被告の主張は理由がない。

そこで、本件第一記事の真実性の証明の成否について判断するに、本件全証拠によっても本件第一記事が真実であるとの証明がなされたとは認め難いから、以下において右真実性の誤信につき相当な理由があるか否かにつき判断する。

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  昭和五三年五月末頃、平松病院の入院患者と称する者二名から相前後して被告マスコミ代表者兼被告高橋に対し、右病院では看護婦数が少なく患者の待遇が悪いから調査して欲しい旨の電話連絡があり、被告高橋は直接の事情聴取を希望したが、相手がこれに応じなかったため右以上のことはできなかった。

2  さらに、同年六月頃右病院の新納忠彦事務長の知人から、右事務長から聞いた話として、平松病院では昭和五二年において二千数百万円にも及ぶ脱税をしており、右証拠に右金の預金口座が架空名義で原告平松の郷里の赤平と東京にある、医薬品の支払いを右病院の事務室と原告平松の自宅との二か所で行なっている、看護婦数を水増ししている、原告平松は独善的であるとの情報を得た。

3  同年六月上旬被告高橋が平松病院に薬を卸す業者に右脱税の有無について質したが、医薬品の金の支払が平松病院の事務局と原告平松の自宅の二か所で行なわれており不可解である旨の回答を得たが、それ以上の情報は得ることができなかった。

4  さらに国税局調査査察課の職員の知人から昭和五〇年秋に平松病院に税務調査がなされ、右資料は国税局に保存してあるらしいとの情報を得た。

5  北大卒の一開業医から原告平松が後輩や自己の意に添わない者に圧力をかけているとの話を聞いた。

6  道庁については民生部・衛生部をはじめ地域医療課に事情聴取を行ない、右課長から昭和五三年六月一〇日頃平松病院が脱税しているらしいとの噂を庁内でも聞いたことがあるとの回答を得た。

7  同年六月末頃、被告高橋が平松病院を訪問し、原告平松及び事務長二名に対し、前記脱税に関する種々の疑念を質したが、原告平松はいずれも否定していた。

8  平松病院では顧問税理士により税務申告していたが、被告らはいずれも右税理士に脱税の事実について確認せず、また、事務長自身に対し、前記2の事実を個別に事情聴取したことはなく、預金口座の存在も確認しなかった。

9  本件第一記事掲載に際しては、右以外に事実の裏付けをとらず、断定的表現を避け伝聞形式を採用した。

右認定事実によれば、本件第一記事の取材先はいずれも特定されておらず、聴取内容も大部分が伝聞にすぎず、また、本件第一記事の取材の端緒が単なる入院患者と称するもので、被告らが直接事情聴取した訳でもないうえ、聴取内容自体も医薬品の支払場所の区別が脱税と直ちに結びつくとはいえず、原告平松が事実を全く否定していることなど諸般の事情に鑑みれば、本件第一記事内容の真実性の誤信に相当な理由があるとはいい難く、被告マスコミ、同高橋には本件第一記事の取材掲載について過失があるというべきである。

四  そうすると、原告平松勤は本件第一記事掲載によりその社会的評価が低下し、少なからぬ精神的苦痛を被っており、前記の不法行為の態様、その他諸般の事情を斟酌すると右精神的苦痛の慰藉料としては金一〇〇万円、右原告の社会的評価の低下を原状回復するための謝罪広告としては別紙二の謝罪文を北海道内で発行する北海道新聞朝刊に掲載する限度をもって相当であると認められる。

また、原告社団については、《証拠省略》を綜合すれば、その設立目的は平松病院の経営にあり、右平松病院は原告平松が昭和二五年以降個人経営してきたものを昭和四八年一一月に法人化したもので、その代表者は原告平松で理事一二名のうち原告平松を含む五名が同族者で占められていることが認められ、右事実に、前記のように原告平松に対する慰藉料・謝罪広告の請求が認められていること等諸般の事情に鑑みれば、本件第一記事の掲載による原告社団の信用低下の救済手段としては前示謝罪文を掲載する限度で足りるというべきであり、それ以外に原告社団固有の慰藉料まで認める必要はないというべきである。

第二被告政界、同近藤に対する請求について

一 請求原因2、同3のうち(二)(1)については原告らと右被告両名との間において争いがなく、請求原因1については《証拠省略》によってこれを認めることができる。

二1 前記第一、二1と同様の見地から本件第二記事を検討するに、右「政界」八刊七号(昭和五三年七月一日発行、《証拠省略》を綜合すれば、右雑誌の発売日は同月二五日頃、発行部数は約七千部、発行地域は主として北海道内と認められる。)の掲載記事(本件第二記事)については、《証拠省略》にみるように、昭和五三年七月一九日及び同月二五日付北海タイムス朝刊に「徹底追求 伏魔殿と呼ばれる平松病院の権威失墜と道・国税当局の迷える立場?」と題した広告がなされたうえ、《証拠省略》にみるように右「政界」緊急特別号のトップ記事として表紙に原告平松の顔写真入りで「告発レポート」「本道精神医学界をダメにした」(活字は四倍明朝体)「平松勤(道精神病院協会々長)の所業を斬る!!」(活字は四倍半ゴシック体、( )内は二倍半ゴシック体)「“仁術”の美名にかくれ“堂々たる不正”?に精を出す『算術医』の正体……」(活字は三倍ゴシック体)と右順序で五行にわたる全面見出しが掲げられ、次頁の緊急特別号目次にも「告発レポート」として「本道精神医学界をダメにした」(活字は三倍ゴシック体)「平松勤(道精神病院協会々長)の所業を斬る!」(活字は四倍半明朝体、( )内は二倍ゴシック体)「厚生省監査が予想される伏魔殿『平松病院』」「“算術医”の正体をみれば……」(活字はいずれも二倍半ゴシック体)と前記見出しと同趣旨の目次が掲げられ、一四頁には「北海道精神医学界をダメにした男・告発シリーズ」「伏魔殿?平松病院“奥の院”」(活字は八倍明朝体)「閉鎖社会に君臨する二重人格者」(活字は六倍半ゴシック体)との見出し及び「黒い疑惑に包まれる平松医師」との写真説明を付した原告平松の写真がそう入されたうえ「北海道精神病院協会々長のポストに君臨する医療法人「慈藻会」平松病院理事長平松勤氏の身辺にドス黒い疑惑がウズまき奔流している。背任横領の罪に問われる健保診療報酬のデタラメ請求が発覚したり、そうした不正のモミ消し工作に政・官界など権力機関が動いた疑いが濃厚で当局が強制捜査に踏み切る日もそう遠くはない。本誌編集部は内部告発の資料にもとづき取締当局の動きとにらみ合わせながら、その疑惑の周辺に徹底的な追跡調査を行なった。題して『本道精神医学界のドン・平松勤氏の所業を斬る』―告発シリーズ第一弾である」との一三行にわたる前文(活字は二倍ゴシック体)が付され、さらに「「疑惑の城」平松病院で何があった?」(活字は五倍半明朝体、「 」内は六倍半ゴシック体)「乱診・乱薬の名医の荒稼ぎ」「陰湿な政治工作で“モミ消し”」(活字はいずれも五倍半ゴシック体)「“調査する”というけれど」「権力機関と一握りのボス」(活字はいずれも三倍ゴシック体)との各小見出しに関連写真五枚をそう入したうえで六頁にわたる本文が掲載されていること、写真説明中には「内部告発で不正発覚……ゆれる平松病院」「摘発に乗り出す?札幌国税局」との付記(活字は二倍ゴシック体)がみられること、本文の内容は原告病院が昭和五二年分所得について数千万円の脱税を行ない、国税局に対して代議士を通じてモミ消し工作をはかった、健康保険診療報酬を不正受給しながら原告平松自らが社会診療報酬支払基金審査委員会の委員であるために事なきをえているとの記事であると認められる。

2 右認定事実によれば、見出しの「告発レポート」、「平松勤の所業を斬る」、「算術医」、「伏魔殿」、「二重人格者」、前文の「ドス黒い疑惑」、「不正のモミ消し工作」、小見出しの「疑惑の城」、「乱診・乱薬」、「荒稼ぎ」本文の「税金のゴマ化し」、「健保診療報酬の不正受給」等の各表現が読者の注意と興味をひくうえ、《証拠省略》にみる本件第一記事が直前に報道され、また、前示第一の二2で認定した比田勝医師の不正行為により道内の医師、特に精神科医に対する一般の関心が強まっていた折に掲載されたものであるから、本件第二記事の内容をなす脱税をはじめとする原告らの不正行為が存在するとの蓋然性がきわめて高いものとして読者が受けとったものと推認しうることなど、諸般の事情に鑑みれば、本件第二記事が原告らの名誉ないし信用を著しく毀損したことは明らかである。

2 また、前記一の争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、本件第二記事が被告政界代表者兼編集発行人である被告近藤が執筆して発行されたものと認められ、右認定事実によれば、被告近藤が原告らに対して不法行為責任を負う場合には被告政界も同様に原告らに対して不法行為責任を負うというべきところ、前掲各証拠によれば被告近藤及び被告政界の編集担当者が本件第二記事により原告らの名誉ないし信用が毀損されるべきことを充分認識していたものと認めることが出来る。

三 次に抗弁について判断する。

被告らは本件第二記事が公共の利害に関わる事実で公益目的から掲載されたもので、事実が真実であるとの証明がなされる以上被告らが不法行為責任を負うことはない旨主張するが、本件全証拠によっても本件第二記事が真実であるとの証明がなされたとは認め難い(右証明の対象となるのは既に第一の三においてみたように記事の内容をなす事実自体である。)。

そこで、以下において右真実性の誤信につき相当な理由があるか否かにつき判断する。

《証拠省略》を綜合すれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被告政界では月刊雑誌に北海道内の医療機関の荒廃問題の連載を企画していたところ、昭和五三年五月頃原告病院についての投書が二通連続してあり、その内一通は便箋四枚にわたり、原告平松が医療行政に強い影響力を有し、精神科医が札幌で開業を希望していたにもかかわらず右平松の意向により北海道精神科医協会から開業が認められなかった事例があること、原告病院では過去に相当多額な脱税をしていること等について記されていた。また、その頃北全病院長比田勝孝昭の作成した「平松病院長の犯罪行為について」と題する書面を溝口義美から入手したが、右書面にも同旨の記載があった。

2  右投書は一通が匿名で、一通は記載の住所・氏名に該当者がなかったものの被告政界では右投書の内容をなす事実が内部関係者でなければ知りえない内容であり、比田勝院長の作成した書面とも一致していたことから真実性が高いと判断し、記事として掲載することを決定して、被告近藤ら三名余りで取材を行なったうえ、本件第二記事を掲載した。

ところで、被告政界代表者兼近藤昌展の尋問には本件第二記事掲載にあたり、道庁民生部保険課職員を含む道庁関係者数名、厚生省職員、札幌国税局法人税課査察課長を含む職員、開業医一三名、原告平松の元同僚、原告病院の元従業員、三名らから事情聴取した旨の供述部分があるが、いずれの人名も特定されておらず(特定されているのは札幌市内で開業できなかったとされる千歳の島松医師のみである。)、その聴取内容も明確なものとは認め難いうえ、右本人尋問の結果によっても、道庁では原告病院の診療報酬請求に過去数回誤りがあったため同病院に是正を求めたことがある、国税局では過去に原告らの所得申告額に誤りがあった、開業医師数名について原告病院の事務長から原告平松が脱税をしているのではないかとの噂を聞いたことがあるとの各回答を得たというにすぎず、また、右回答の大部分は、右被告本人が直接聴取したのではなく小林幸一記者の聴取したとするメモを改めてその裏付も取りつけないまま掲載したものであり、本件取材の端緒が前記のように匿名の投書でその信用性に疑問があるにもかかわらず、本件第二記事取材に不可欠な脱税の有無、脱税額、時期、診療報酬の不正請求の有無、額、時期自体については何ら具体的な回答を得ず、さらに、原告平松及び原告社団の経営する平松病院の事務長自体からは本件第二記事の前後を通じて全く事情聴取を行なっていなかったことが認められること等諸般の事情に鑑みれば、本件第二記事内容の真実性の誤信に相当な理由があるとはいい難く、被告政界、同近藤には本件第二記事を取材掲載するについて過失があるというべきである。

四 そうすると、原告平松勤は本件第二記事が掲載されたことによりその社会的評価が低下し、少なからぬ精神的苦痛を被っており、前記の不法行為の態様その他諸般の事情を斟酌すると右精神的苦痛の慰藉料としては金一〇〇万円が相当であり、右原告の社会的評価の低下を原状回復するための謝罪広告としては別紙三の謝罪文を北海道内で発行する北海道新聞朝刊に掲載する限度をもって相当であると認められる。

また、原告社団については、前記第一の四にみると同様の理由によりその固有の慰藉料まで認める必要がないというべきである。

第三結論

以上によれば原告らの請求は主文第一ないし第四項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 宗宮英俊 岡原剛)

〈以下省略〉

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